ボードゲームに因んだ小説を書いてみました!
今回テーマは『パンダロイヤル』
あのサイコロをジャラジャラと振る感覚、堪らないですよね。癖になります。
ノーリスクだからこそ気軽な気持ちで振れますが、仮に命がけの時、貴方はサイコロを選び、振れますか?
タイトル:幸運はやってくるものだと誰が決めた?

『これは、最も幸運な人間を決めるゲームです。』
目の前に表示される文字に僕は絶望で立ち尽くす。
最も幸運、自分に一番相応しくない称号だからだ。
昨日まで普通に生活していたはずなのに、気がついたら気味の悪いゲームに巻き込まれていた。
それも僕が一番、苦手とする運を必要とするゲームらしい。
もう一度言おう、絶望的状況だった。
他の参加者たちも同じように姿を現さないゲームの主催者に抗議の意を唱える。
『最も幸運な人間に選ばれれば、願いを一つ、叶えてさしあげましょう。どんな願いでも構いません。お金、人の心、物、なんでも。』
目の前に垂らされた餌に、訳が分からず騒ぎ立てていた参加者たちの目の色が見るからに変わっていく。人間とは至極、単純だ。
しかし、僕には絶対に確認しなければいけないことがある。
「は、敗者のリスクは……!?」
不運な僕にとって、こんなゲームはリスクでしかない。
命を賭けろなんて言われたら。
『敗者へのリスクを私から求めることはございません。ゲーム終了後、敗者はこのゲームを降りるか、再戦するかをお選びください。』
ノーリスクのゲームとあって、参加者たちはみるみる色めき立っていった。
こういうのは大体命や地位、人権を賭けるデスゲームだ。
願いとやらが本当になんでも叶うのか疑わしいが、リスクがないとあっては挑戦する方が得に決まっている。
僕はひとまず胸を撫で下ろした。
命の心配がないのであれば、気楽にやればいい。
……どうせ、最下位なのだから。
僕は、生まれつき不運だ。
遊びに行く日は決まって雨。
くじで学級委員を決めようものなら決まって自分。
受験をしようものなら、電車の遅延やら盲腸やらで試される土壌にすら立てなかった。
おかげでギリギリ受験期間が間に合った本意ではない大学に通っている。
誰かがこぼしたペットボトルの中身は決まって僕にかかるし、誰かが落とした物は決まって僕の足元に引っかかる。
不運に泣かされ続けて、もうどうでもよくなって自分の人生に諦めていた頃、この変なゲームに巻き込まれた。

「俺は、このダイスを選ぶぜ!」
「私はこのダイス!」
ゲームは至極単純、サイコロを振って合計値を競うだけ。
10ラウンドで構成され、ラウンドが進む毎にサイコロの数は増えていく。
各ラウンドでサイコロの出目が良かった人間が、より出目が高い能力を持ったサイコロを手に入れることができる。サイコロは六面体だけでなく多面体、出目も様々だ。
あまりにもわかりやすく、騙し合いのないゲームに参加者たちはリラックスしきって楽しんでいる。
楽しいゲームなのだろうが、僕はあまりその楽しさがわかっていない。なぜならば、
「ね、ねぇ……ビリ、またあの子よ」
「4以上の出目、ないもんねえ可哀想に……」
僕の出目は1か2か3だ。
当然の如く、合計値も参加者の中でビリ。
最下位という僕をジロジロと眺める者、ヒソヒソと声で噂をする者、クスクスと笑う者。参加者の個性が分かれているなと注目されているこの状況を現実逃避で誤魔化す。
水色、黄色や緑……最初は色とりどりの多面体サイコロたちが並べられていたのに、僕の目の前には赤いサイコロが二つだけ。
最初に手渡された黄色いサイコロの出目が良かった幸運な人間たちが選んでいった残り滓だ。選択の余地などない。
「リスクを回収してくれてありがとうな。」
ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべた男性が僕の肩を叩く。
それに言い返せる材料もなく、僕はため息を吐きながら多面体の赤いサイコロを手に取った。
この赤いサイコロは特殊で、黒と白の数字が印字されていた。
黒を引くとマイナス、白を引くとプラス。
合計値が赤いサイコロの分だけ倍になっていく。
僕と至極相性の悪いサイコロだ。現に、さっきなんかマイナスの3倍だった。あまりにも不運だ。
ああやっぱり僕は、選ばれていない人間なんだ。
こんなノーリスクのゲームですら思い知らされるなんて、情けなかった。

10ラウンド目、僕の合計値は23。
他の参加者の平均は100くらいで、1位は160だから、勝てる確率はほぼゼロだ。
両手で持つのがややっとなくらいに増えたサイコロは、真っ赤だ。僕が今まで味わって流してきた心が出血したみたいだ。
あれから散々赤サイコロの黒数字に踊らされ、マイナスを食らった。
そして最下位になり続け、皆が残した赤いサイコロを押し付けられた。
当たり前のことだ、ノーリスクのこのゲームにリスクを取る奴なんていない。
マイナスの可能性がある赤色より、出目が高い緑色や単純に倍になる紫色、サイコロを選ぶ権利を取りやすい黄色、そういったサイコロを選ぶ方がいいに決まっている。
僕だって、出目が悪くなかったらそうしていた。
『次が最後のラウンドです。それでは、各自サイコロを振ってください。』
皆、意気揚々とサイコロを振る。
僕はこれでやっと終わるという気持ちだった。
早くこんな屈辱的なゲームは終わりにしたい。
『お疲れ様でした。全ラウンドの合計値が算出されました。勝者は、』
僕にスポットライトが当たる。
「……え、僕?」
周囲の人間も驚きに目や見開き、口をあんぐりと開けている。
『10ラウンドで、赤サイコロの合計値が25、赤サイコロを8つ所持されていたので200になります。そして他サイコロやこれまでの出目と合わせて、合計223。貴方の勝ちです。』
ようやく事態を理解した周囲から、パチパチとまばらな拍手が流れてきた。
「ぼ、僕が……」
心臓がバクバクとうるさく鼓動する。今まで味わったことのない感覚が、血液と共に全身へと駆け巡った。
「そんな馬鹿な……もう一度だ!!」
「そ、そうよ!!再戦を申し込むわ!!」
他の参加者たちは皆、声を上げた。
それはそうだ、ノーリスクで願いを叶えられるチャンスが何度も訪れるのだから。

『まずは、勝者の方の願いから。おめでとう。貴方が、最も幸運な人間です。』
主催者の声に、泣きそうになる。人生で一度も言われたことのない言葉、幸運だなんて。
そして僕の中で一つの確信が生まれる。
勝った人間が幸運な人間。
なんだ、幸運なんて、虚像だったんだ。
『貴方の願いを、教えてください。』
皆が僕に注目する。早く次のゲームがやりたくて仕方ないのだろう。
「僕の願いは、」
「このゲームの敗者を、殺してください。」
周囲がざわついたのがわかる。それはそうだ。
僕は彼ら彼女らが誰か知らない。
ただ、ずっと最下位だった僕にいらないと赤サイコロを押しつけ、嘲笑い、噂してきた奴らだ。
再戦なんか、二度とさせない。幸運を掴む機会を与えなければいいんだ。
「僕が、ずっと幸運な人間——勝者であるために、このゲームの敗者を殺してください。」
『その願い、受理しました。』
「ふざけるなよッ!!!!」
僕に飛びかかってきた暫定1位(笑)だった男が、急に苦しみ出し、倒れた。
「ちょっと!こんなのおかしいわよ、主催なら止めなさいよ!!!」
「リスクがないなんて、騙したわね!!!」
『私は申し上げたはずです。私からはなんのリスクも問いません、と。勝者が望むのであれば、なんでも叶える。それが私です。』
抗議は虚しく、他の参加者たちも胸を押さえてバタバタと倒れていく。
その場に立っているのは、僕だけになった。
「これで、幸運は僕のものだ。」
幸運は持つものでも待つものでもない、自分の手で作り上げるものなんだ。
教えてくれたこのゲームには、感謝しないとね。
僕はポケットの中に赤いサイコロを忍ばせ、今日も願いを叶えてもらうためにノーリスクのこのゲームに参加する。
最も、僕がいる時点で命を落とすリスクがあるゲームになってしまうが、それは新たにきた参加者にわざわざ言う必要はないだろう。
——彼は、たった一つの願いを『他の参加者を排除する』に使ってしまっているため、一向に望むものを得られずに、永遠にゲームに興ずることになる。彼が本当に望んでいたのは、幸運だったのだろうか。彼は今、幸せなのだろうか。それは彼にしか、わからない。