ボードゲーム小説 No.003:ワーリング・ウィッチクラフト 「僕はいい子」

ボードゲームに因んだ小説を書いてみました!

今回テーマは『ワーリング・ウィッチクラフト』
くるくると消費され、調合で生み出される魔法生物たち。
彼らは何を考えているのでしょうか?

目次

タイトル:僕はいい子

「お前は、いい子ね」

魔女様は、優しい。

枯れた大地で干からびていた僕に、新しい命を吹き込んでくれたのが、魔女様。

生きていけないと諦めていた僕に生きる場所を与えてくれたのが、魔女様だ。

おかげで、僕は野垂れ死ぬことなく、魔女様のお屋敷で新しい人生……いや、マンドラ生を送ることができているのだ。

普段の僕は、魔女様の部屋に飾られ、話し相手兼観葉植物として役目を果たしている。

「ねえ、私、綺麗?」とか、

「ねえ、私、賢い?」とか、

聞かれる疑問に僕は笑顔で頷く。

その度に、魔女様は嬉しそうに笑って「お前は、いい子ね」と言って、僕を撫でてくれる。

「私が一番、優秀な魔女よね?」

勿論だ。僕は大きく頷いた。

「あはは、本当に素直で従順ないい子。じゃあ私に可愛がられているお前も特別ね。」

日課のようになったこのやり取りから、魔女様の一日が始まる。

部屋に灯りがつくと、何もないところから鍋が現れた。

原理が全くわからないがこれもきっと魔法の一種なのだろう。

その鍋の中身を覗いた魔女様は、途端に嫌そうな顔をした。

「あの女……蛙ばっかり送ってきて。全くもう、鬱陶しいわね。」

魔女様は忌々しげにそう呟いた。どうやら、あまり嬉しくないものが届いたようだ。

「仕方ないわね、蛙を材料とする調合法を覚えないと……」

ぶつぶつと独り言を言いながら、魔女様は本棚を眺めている。

何かに触れると、魔女様の身体が光り、不思議な字体の文字が宙に浮かんだ。

引用:BoardGameGeek

カァーッ

どこかで、カラスの鳴き声が聞こえた。

これが魔女様の言う『調合法の習得』らしい。

魔女様は鍋に火をかけ、鍋の中にあるものをそのままに、棚から取り出したものを次々と中に入れていく。

それらはヒキガエルや蜘蛛、キノコに心臓、多岐にわたる。

僕の同族のマンドレイクを入れているときもあった。

その鍋をかき混ぜると、新しい素材がポンッポンッと音を立てて生成される。

「キノコをたっぷり……心臓も、まあまあできたわね。これであの子の鍋は一杯、きっと溢れるでしょうね。」

魔女様は妖しく笑って何かを唱えるとできたばかりの素材が鍋ごと消えていった。

何度見ても不思議な光景だ。これが、魔法というものなのだろう。

僕からすれば、奇跡だ。

それにしても、いつも魔女様は何をやっているのだろう。

僕がそれを知る機会は一向に来なかった。

日に日に、魔女様の様子がおかしくなっていった。

鍋を覗き込むと舌打ちをして、爪を噛みながらブツブツと呟くようになった。

苛立っていることが目に見えてわかる。

「あの女……!ヒキガエルだけではなく、マンドレイクまで送ってきたわ……!

一体どんな調合法を使っているのよ!ああ、忌々しい!!」

ここのところ、魔女様の機嫌はいつも悪い。

部屋にある魔法道具や魔法生物たちは魔女様の逆鱗に触れないよう、沈黙を貫いて縮こまっていた。

「仕方ないわ、もうこの調合法しか……!」

今回も、宙に浮かぶ光る文字が魔女様の中に取り込まれていく。

本だなに並べられていた魔導書がそれに呼応するようにぽうっと光った。

不敵な笑みを浮かべた魔女様は、僕の元へやってくる。

「ねぇ、マンドレイク。私は優秀な魔女よね?」

僕は、頷く。

「お前は、いい子よね?」

僕は、頷く。

「いい子なら、私の調合の材料になってくれるわよね?」

僕は、頷く。

自分がどうなるのかはわからない恐怖があったが、魔女様の勢いに圧されて頷くことしかできない。

正直なところ、ここ数日鍋に入っていく同類のマンドレイクの悲鳴を耳にした段階で、ある程度の覚悟はしてきたつも
りだった。

――あら、なぁに、この汚い子。可哀そうに、こんな枯れた大地じゃ満足に育つこともできないでしょうに。

走馬灯のように、魔女様と出会ったあの日が脳裏に浮かぶ。

――私、嫌いじゃないのよね。マンドレイク。仕方ないわね、私の屋敷に来なさい。

そう笑って僕を連れ帰り、ここまでの余生を与えてくれた魔女様は恩人だ。

その恩人のためにこの身を捧げるなど、いとも容易いことだ。

「お前は本当にいい子ね!!」

頷いた僕を見て、魔女様は嬉しそうに笑って僕を抱きしめる。

トクントクン、最後に魔女様の温もりを感じることができてよかった。

僕の身体は鍋の中へと落ちていく。

「マンドレイク、お前はいい子だからきっと帰って――」

ぽちゃんっ

鍋の中に入ってしまって魔女様の言葉が最後まで聞こえなかった。

なんて言っていたのだろうか。

『きっと帰ってくると信じてるわ』だと嬉しいなあ。

あんなに可愛がってくれたのだから、別れを惜しんでくれていたらいいなあ。

それにしても、魔女様は一体何と戦っているのだろう。

僕はぐるぐるとかき混ぜられながら、そんなことを考えていた。

引用:BoardGameGeek

鍋の中は、不思議な感覚だった。

身体が溶けてなくなってしまうのかと思えば、意外と鍋の中で己の心身を保つことができた。

時折、鍋から取り出されては魔女様と同じ格好をした女の人にじろじろと眺められ、何か呟いたと同時に再び鍋に放り込まれる。

その繰り返しだった。

「やったわ!これでまたマンドレイクをあの女に送ることができるわ!!」

僕を取り出した女の人が嬉しそうにそう叫んでいたのが聞こえた。

その後、僕と同じマンドレイクが鍋の中に振ってきて、またかき混ぜられる。

なんとなく、次に目を覚ましたときには、また魔女様に会えるような気がした。

もしまた会うことができたとき、魔女様は喜んでくれるのだろうか。

喜んで、くれるといいな。

再会のときが、訪れる。

「あの女……なかなかしぶといわね!」

魔女様の声だ。

僕は、帰ってくることができたんだ!

歓喜に震える僕の頭を、魔女様の手が掴む。

『お前は、いい子ね!』きっと、また、そう褒めてくれるよね。

「なんなのよ、これ……」

聞こえてきたのは、何かに絶望したような呆けた声だった。

魔女様の声は、予想していた何倍も低く、悲痛な響きだった。

「なんで……!なんでなんでなんで!!!」

「マンドレイクが5匹もいるのよ!!!!!!」

「そんなの、処理できる調合法があるわけないじゃない!!!」

再会した魔女様は、今まで聞いたことのない声で泣き叫んでいた。

どうやら、僕は、魔女様に何らかの迷惑をかけてしまったみたいだ。

引用:BoardGameGeek

「ただでさえヒキガエルの処理でいっぱいいっぱいなのに……ああ、終わりだわ……」

見えない何かの力が、僕を鍋から引っ張り上げた。

そのまま、どこか魔法陣のようなものの上に投げ出される。

見慣れた景色が視界に入ってくる。魔女様との思い出の部屋だ。

その魔法陣の近くで、魔女様は地面に膝をついて項垂れている。

久方ぶりに見た魔女様は、随分と痛々しい。

髪の毛は乱れ、眼は血走っており、着ている服も所々ほつれている。

そして、魔女様の背後には大きな「LOSE」という光った文字が浮いていた。

魔女様は地面に顔を突っ伏すようにして、泣き叫んだ。

何かに敗けたのだろうか。

何もわからない。

だけど、一つだけ、確実なことがある。

「ああ、マンドレイク。お前はいい子だから、もう帰ってこないと思っていたのに……どうして……」

どうやら僕は、いい子じゃなかったみたいだ。

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